するめごはんのIT日記

主にITネタを書いていくのさ

個人事業主として株式会社に訴訟して事実上勝訴した話

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画像提供元 photo AC様

ごきげんよう

※2022年1月22日追記

本記事を無償電子書籍にしました。
技術書典12にて頒布中です。
surumegohan.hatenablog.com

今回は掲題の通り
個人事業主フリーランス)である私が株式会社に対して訴訟を起こし、事実上勝訴となった話を記載します。

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裁判所からの和解調書の一部

この記事の最大の目的は相手方に対してどうこうではなく、世の中の個人事業主フリーランス)が企業と契約した際のトラブルにおいて、少しでも泣き寝入りをする人を減らすためです。

しかしながら、私自身は法律の専門家ではないので、本記事中に不正確な面も含まれている可能性もあるため本記事をそのままご自身の立場等に照らし合わせることはもちろんできません。
本記事に関することで何かしら問題が発生しても責任はとれません

また、本記事において説明の不足点があることは重々承知しておりますが、先方を誹謗中傷したり信用を落とすための記事ではありません。
そのため、以下のページを参考に本記事を執筆いたしました。

monolith-law.jp

事の発端

大きくはない某株式会社(以降、A社)のクラウドシステムをITエンジニアとして業務委託契約にて構築。
アカウントの取得から設計、開発、試験、運用の頭から最後までをほぼすべて私1人で実施しました。
業務委託契約ですが今回は運用できるレベルまで構築である「請負契約」です。

随時打ち合わせを対面、チャット等にて行い、設計書もSIer時代級に作成、納品の同意を得られていました
クラウドシステムはその企業が利用料を支払う正式なアカウントの上で構築、稼働していました。

しかしながら、紆余曲折あり、結局のところ報酬ゼロとなり、かつ、連絡がつきにくい状況に陥りました。

理不尽だと感じた報酬はどう問うか

個人事業主にとって報酬がないことは死活問題に直結します。

■訴訟前に弁護士から通達

いきなり訴訟というわけではなく、まずは担当弁護士からA社宛に内容証明郵便にてこちらの考えを通達します。
また、協議で解決しないなら「法的措置を検討」と明記します。

以下にいくつか記載しますが、結局のところ「債務不履行に基づく損害賠償」であり、今回の事件も「請負代金等請求事件」として集約されます。

●明らかに契約外の業務

A社とのやりとりにおいて明らかな本件とは別件の契約書外の業務を行いました。
それについては黙示の業務委託契約」が成立し、仮に成立していないとすればA社の「不当利得となりますので、私から業務委託料または不当利得返還請求という形になります。
※ なお、本件の訴訟時には不当利得に関しては請求しておりません。

●問題解決のためにかかった費用

問題解決のためにかけざるをえなかった費用は「損害賠償」という形になります。

●成果物の譲渡

クリエイター業を営んでいらっしゃる方だと発生するかもしれないので念の為。
仮に成果物(システム)そのものを企業ではなく製作者に完全譲渡し、ある程度の相殺となったとしても、そもそもその企業のクラウドアカウントである場合、譲渡が難しくなります。
譲渡が実施されなかった場合は「財産権移転義務」を怠ったという形になります。

裁判になると関係者誰もが多くの工数をかけることになりますし、リスクも様々あります。
本来であれば当事者同士で揉めたあとに弁護士を入れて話し合いで解決するならばそれに越したことはありません。

■調停

法廷外での話し合いで解決できなければ調停に進みます。
しかしながら調停はあくまで「話し合い」であるため、両者の合意によって成立した事項は法的効力をもちますが、合意できなければ意味をなしません。

■訴訟

法的効力を得るため、本気であることを強く伝えるため
結果的に民事裁判を起こすことになりました。
60万円未満の場合は少額訴訟となり比較的スムーズですが、本件ではそれ以上になるため民事訴訟となります。

もちろん話し合い時から、各種契約書や覚書等の証拠類はまとめておく必要がありますが、改めて裁判を起こすために客観的な証拠となるものをまとめます。

また、先方の主張に対しての反論についても証拠を添える必要があります

証拠類の検討

今回の争点については、そもそもいくら請求するのが妥当なのかという点が難しくなります。

裁判になる前に、ITの専門家ではない弁護士と話す際に自分とシステムの価値や事実確認について説明する必要があります。
また、もちろん調停や裁判となると、裁判官等の昨今の変化目まぐるしいIT業界に明るくない方々に客観的に理解してもらう必要もでてきます。

結論、契約書記載の開発費、システム運用に関してA社が得られたであろう金額 etc.. を合わせました。
とはいえ、価値というモノは場合により様々です。

私は個人事業主なので給与も安定していません。
そのため少しでも客観性を示すために私がやったことは証拠類として

  • 本件契約に関する文書類

  • チャット類の履歴

などはもちろんのこと、ITエンジニアとしての私の希少性を少しでも示すために

  • 情報工学系大卒からの職務経歴

  • 過去のアウトプット

  • 私の成果物や活動による公の場にでた様々なモノ

これらも用意し、弁護士への説明から入りました。
加えて、一般社団法人日本ニアショア開発推進機構からITエンジニアの単価情報を載せました。

www.nearshore.or.jp

これらを並べて、弁護士と整理しました。

いざ訴訟

話し合いでは解決しなかったため、訴訟に踏み切りました。
原告となるので、裁判所に対して事件が成立しており、いくらの金銭を要求するのか等の訴状を作成する必要があります。

  • 話し合い時に集めていた証拠類

  • 被った被害

  • 相手方の今までの対応

が、含まれます。

■法廷での座席

今回は私が訴えを起こした原告です。
弁護士が代理人となっているため、出席義務はないですが裁判中にIT技術に関して触れることになると専門家として話す必要があるので、法廷の原告席に弁護士の同伴として出席しました。

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今回の法廷内の原告席は画像左側の赤丸箇所(画像提供元 イラストAC様)

また、先方の意図は図りかねますが今回はA社代表者のみが法廷に現れ、法律の専門家なしという状態でした。
その方が対面上の席に着席します。

ちなみに、少しでも裁判官の印象をよくするため私は私の判断でスーツ姿ですべて出席しました。

■弁論

裁判は複数回の弁論が実施され、事実認定や双方の意思、責任箇所、譲歩できる点等を複数回に渡りすり合わせて行きました。
場合により、先方が電話参加での裁判という状態もありました。

結果

  • 先方が法律家不在にて対応したこと

  • 当方に対して何も利益となるものが得られていないこと

  • 金銭的解決をするしかないという裁判官の判断

これらから大変有利に話は進み、結果的に総請求額の8割以上を解決金として和解に至りました。
当初の契約にあった開発費より圧倒的に大きい金額です。

判決にしなかったのは、判決にしてしまうと一括請求のみになり、かつ、こちらの提示金額よりも下がる可能性があります。
もちろん判決となると請求額が妥当なのか調査が入り、裁判所に通う回数も増えます。
そのため解決金(not 和解金)として和解としました。

■解決金が支払われるのか

債権回収において、今回の訴訟相手はあくまでA社という株式会社宛に支払い義務が発生しました。
しかしこの場合、会社を潰してしまえばそれまでであり、これまでの行動が無となるどころかマイナスです。
訴訟を起こした結果、回収できないということは残念ながら良くあることです。

そのため、今回は

  • 請求金額の減額

  • 分割払い、ただし1回目は家を購入する際の頭金のように多く請求

  • 分割回数が年単位

という条件にし、A社代表者個人の連帯責任という形としました。

これにより、もし仮に支払いが滞ることになると、会社に関係なく個人宛に強制執行が可能になります。
弁護士の権限にて住所等を追いかけることも可能です。

かかった費用

今回ここまでくるまでにそれなりに費用がかかりました。

■弁護士費用

弁護士費用については私は一部を弁護士保険で賄いました。

mikata-ins.co.jp

また、弁護士報酬基準はある程度定められております。

https://www.navida.ne.jp/snavi/p-img/5607_1/housyukijun.pdf

上記のpdfを引用すると、相談料については

(1)初回市民法律相談料 30分毎に金5000円
(2)一般法律相談料 30分毎に金5000円以上 金2万5000円以下

民事事件の着手金および報奨金は再度引用すると以下のとおりです。

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民事事件の着手金及び報酬金

弁護士はサラリーマンではなく法律事務所所属の個人事業主である場合があります。
そのため費用に関しては事務所方針や弁護士個々人である程度の幅があるでしょう。

■原告としての稼働工数

もちろん私個人の稼働工数もあります。
これはもう計算しようがないですが、日頃から万一のための証拠になるものは整理整頓しておきましょう。

また、今回は先方の資産状況の調査は事前に正式にはしませんでしたが、A社および代表者がネット上で公開している記述をスクショしました。
今回の件で紛争になる前の情報削除も鑑み、魚拓サイトも利用して各種キャッシュから見つけた内容もスクショして活用しました。

かかった時間

訴訟に至るまでにかなりの時間を要しました。
先方が誠実な対応を常時行ってくれる場合は早めに話が進む可能性も十分あります。

訴状作成から和解に至るまでは10ヶ月程度かかりました。
これは裁判官の都合もありますし、「次回は2ヶ月後」などもあったためです。

今回の訴訟は異例なことが多く、本来ならもっと早く決着していたと考えられます。

現時点で最終的に得たもの

これから分割された費用が振り込まれていく流れになっており、もちろん額面上は黒字です。
ただ、言うまでもなく、このような争いにそもそもならないことが望ましいです。

今回の件で得た知見として以下があげられます。

  • チャット等の証拠能力は思ったより低く契約書などの紙が最重視されること

  • 契約書の内容から精査し、必要であればリーガルチェックをかけること

  • IT関連でない人に対して関わったIT系業務について説明できるようになっておく重要性

  • 泣き寝入りは最後の手段、ただし稼働工数の妥協点は事前に計算しておくこと

  • 法的な争いが生じるとアウトプットに制限がかかること

  • 弁護士依頼は世間では大げさすぎると言われるが、味方は必ず必要ということ

  • メンタル負荷が想定以上に大きくなること

  • 「係争中なので回答は差し控えさせていただきます。」のリアル

etc ..

参考:各種弁護士保険

各種弁護士保険について簡単に書いていきます。
需要があるならば、各社の比較等についての記事もそのうち記載します。

■既に加入している

共済保険や個人賠償責任保険、特約等ですでに加入している保険に弁護士関連が記載されている場合があります。

■保険会社

有名所の保険会社は以下でしょう。
どちらも個人版(家族版)、事業版は別なので注意。

mikata-ins.co.jp

yell-lpi.co.jp

また、事故事件が発生した後でも費用補填をしてくれる可能性がある仕組みもあります。
発生後の費用なので、さすがに審査がありますが、費用がないので何も出来ないという泣き寝入りの前にこちらを確認しておいて損はしません。

知名度が低く、弁護士がこちらを知らないことも多々あります。

www.legal-security.jp

技術的な話

今回、クラウドシステムの運用について類をみない事例が発生しました。
少なくとも私自身、および、知る限りの知人ITエンジニアに聞いても通常は想定がされない話です。

これについては、先方企業からノウハウの公開許可を得ているので、どこかの勉強会で登壇できればと考えています。

まとめ

今回は個人事業主である私が株式会社に対して訴訟を起こしたことと、一区切りついたことを記載しました。

理不尽に対してある程度の折り合いをしなければ生きていくことは難しいですが、泣き寝入りをしてしまう前にできることがないか考えてみてはいかがでしょうか。
企業側も、個人事業主を扱う場合、おざなりになると場合により裁判となり信用度が下がるリスクがあります。

世の中の個人事業主、および、企業側の健全な関係に少しでも繋がれば幸いです

最後に、本件に関して私を支えていただいた皆様に心から感謝申し上げます。

以上です。